あなたへのシークレット
知人から送られてきて素敵なので載せようと思います。


シークレットからのおくりもの

「あなたへのシークレット」

今日という日は私の人生の新しい始まりです

私はまっさらな気持ちで一日を始めます

良いことがすべて私のところに向かってきます

生きていることに感謝します

私は回りにあるすべてに美を見出します

私はあふれる情熱と達成する目的があります

毎日 笑ったり 遊んだり する時間を作ります

私は生き生きとエネルギーに満ち覚醒しています

私は人生の良いことに焦点を合わせ

その一つ一つに感謝します

私は穏やかな心であらゆる存在と調和しています

私は愛と喜びを感じあふれる豊かさを感じています

私は私であっていい

私は人間という姿の素晴らしい存在です

私の人生は完全なものです

心から感謝します

私が私であることに


http://jimaku.in/w/WKwVlTFjYXo/FXfphNCZxmm
2007-09-19 18:37 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
死ぬということ
昨日、親戚がなくなりお葬式に行ってきました。

またしても 人は自分の死ぬ時期を
自分で決めているんだなぁと強く感じました。

どうかんがえても 自分で決めたとしか思えないと。


自分はいったい いつ死ぬことに決めてるんだろう。
それまでにいったい どんな人生を生きるんだろう。
死ぬときにどんな顔して死んでいくんだろう。

そんなことを考えました。

自分の頭で答えられるほど人の一生ってちっぽけじゃないと思うので
人生の意味なんて考えたりしないけど

きっと生まれながらになにかを決めてきてるようには思います。
それが意識に登ってこようと無意識のままであろうと。

明日死んでもいいように、いまを精一杯 生きよう

そんな風に毎日を生きられてるかというと
そんなことはないけど、
そんな風に生きたいなって改めて思いました。

最近知り合った人に 「死」 と直面しながら
ものすごく楽しそうに生きている女性がいます。

「死」というものと直面したからこそ
いまを大切に生きるんだと

その人の生き方をみていてすごい 命のパワーを感じます。

死ぬまでにやりたいことってなんやろう

もし命の期限がきまったら 己はいったい何をしでかすやろう。

皆さんはどうですか?



来週月曜日!ワークショップやります!

■アクティブ メディテーション with 龍玄
9/17(月・祝) PM1:20〜4:30 3500円(当日払い)   
新宿線 浜町駅すぐ 
会場はお申し込みの方にお知らせします
汗をかいてもいい服装 タオル 飲み物など(シャワー有り)
詳細 http://www.workshopland.com/dance7.html
2007-09-15 01:08 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
ハートへの挿入感
タントラリトリートで

リアルに ハートに丸い穴があき、
そこにものすごいエネルギーが流れ込みつづけるという体験をした

なにかがコネクトされ挿入されてる感じ

おーつながってる つながってるって

想像じゃなくて
リアルに 体感 として
挿入感がある

変な例えやけど
愛というガソリンを給油されてるみたいな感じ

ハートのコックを開けられ
そこにガチャッとガソリンホースをつないで
愛というガソリンを入れられる感じ

その心地よさといったらもうそれは
想像を遥かに超え、常軌を逸していた(これってこんな使いかたやったっけ?)

ハートで感じる
ハートが開く
ハートにエネルギーが入ってくる

こんな言葉では全然どんな感じか伝わらへんと思うけど

こんなすごい体験を知らずに死ななくてよかった

いままでもすごい体験の度に
あーこんな体験しらんと死ぬのってもったいないなぁって
おもってきたが今回のもほんとにそんな体験やった。



みんなにとっていままでで
一番、気持ちよかったことって何ですか?
2007-09-11 23:02 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
自分で決めた感
去年、
非構成的エンカウンターグループに出逢って以来

「構成されたもの」と「非構成のもの」

を意識するようになってきた。

「構成されたもの」とは

あらかじめおおよその体験できる内容が
決められていて、ある手順に従えば
そのとおりの結果が得られると思われているもの

例えば、

「遊園地」などはある意味構成されたもの

「非構成のもの」とは

あらかじめ決められたフォームがなく
その場に集まった人間でその場や体験自体を
作り出していく。

例えば 空き地に集まって

「なにする?」ってとこから始まって
基地作りに発展したり、するようなもの。


どちらにもそれぞれのよさはある。

ただ明らかに違うのは
自分自身の 参画度 そして自己決定感の違いだろう。

この 自己決定感 というのが
実は結構、人生においては
重要なポイントのような気がしています。

必ずしも自分で全てを決めている必要はないけど

「自分で決めた」と感じられること

そこから得られる体験と

「誰か他の人が決めた」と感じられ

そこから得られる体験ではだいぶ違ってくるのかもしれない。

みんなは自分の人生の中で

どれぐらい 「自分で決めた感」を持っていますか?

9月の非構成的エンカウンターグループに先駆けて
いろいろ、探ってみたいと思います。

エンカウンターグループ 詳細
http://www.workshopland.com/en.html
2007-08-17 20:55 | 未分類 | Comment(1) | Trackback(0)
希望がなくなる日
みんなの未来は明るいですか?

突然、一切の希望を奪われたとき
みんなならどうしますか?

夢や希望が持てず生きる気力がわかないのは
ほんとにその人自身の問題なんでしょうか?

今ちまたでは、

勝ち組負け組みなどといって

「夢を持て!」
「好きなことをしよう!」
「思考は現実化する」
「ついてるというだけでついてくる」

などといっていかにも誰でも
勝ち組になれるかのような言葉がもてはやされていますが、
どうしてもいわゆる「勝ち組」の
あと出しジャンケンのように思われてなりません。

宝くじに当たった人が
宝くじに当たる方法は「ついてる ついてる」と
いい続けたからですといったからといって
宝くじを買う全員がそれを言ったところで
当たる人数が増えるわけではないのは明白で
ただ当たる人は当たるべくして当たったとしか
いえないんじゃないかなと・・・・。


ほんとにそれって 
個人の思考や言動や努力の結果なのでしょうか?

今の社会の構造上、ある一部の成功者と
その他大勢みたいなことになっていて、
その「ある一部」の人たちに価値があって
その他大勢の一般庶民には価値がないかのような
風潮に それってどうなん!?って感じています。


ほんまはそれぞれの人生には
一つ一つすごく価値があって、
どれがいいとかどれが悪いとかってないはずやし
どっからでも学びはあるはずやし、
どんな道でもいいはずやのに。

それぞれが互いの価値を認め合えたりしたら
すごーくええなぁとおもったり・・・。

そんなこと自分ができてるかと問われたら
わからんけどね。。。

いまの社会の仕組み自体が

希望

をもてない人をたくさん生産している
という社会学者もいます。

僕もそれに近い思いがあります。

努力したものが必ず報われる社会

高度成長期の日本などは
典型的な 報われる社会でした。

そしてほとんどの人が希望に胸を膨らませ、

TV,車、マイホームを夢見て努力し、
ほとんどの人がそれを手に入れました。

いまの日本はどうでしょう。

誰もが描ける 確かな将来像ってあるでしょうか?

そしてそこに続くにはこれをやれば大丈夫と
いうようなものはあるでしょうか?


やればできる!!
できないのはやらないからだ!!

という、できた人の理屈がはたして今の日本に当てはまるのか?

どれだけがんばっても
フリーターから抜け出せず将来に不安を抱きながら
毎日をネットカフェで過ごす人は
ほんとにその人自身に問題があるのでしょうか?

いつか必ずスターになるんだ!
と自己万能感を捨てられず、
夢を追い続けているように思い込みながら
実際には日々の生活費にも困っているのは
ほんとにその人自身の問題なのでしょうか?


夢も希望も持てず人と関わる気力ももてない
人を作り出しているのはこの社会なんじゃないでしょうか?


できる人とできない人の間に
どんな差があるんだろうか、、。

ついてるついてるというだけで
ほんとについてる人と

ついてるついてるといって
全然ついてない人との差は
いったいなんなんだろうか。。


そんな 差 のない
みんながそれぞれ
ささやかな希望も持って
それを少しずつかなえていける
世の中がいいなぁとおもいつつ・・・。


とりとめのない話になりましたが、
希望格差社会なんて なんかすごい切ないなぁって
自分だけが勝ったっておもんないなぁって思ってます。

みんなはどう思いますか?
2007-08-07 00:22 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
富士山の続き!
ジャジャジャジャーーン
ジャジャジャジャーン

とベートーベン 運命の目覚ましと共に
午前2時20分に起床!

準備をして
8合目で今回の来た意味を深く悟った方を
残し、4人で頂上に向け3:00に出発し
頂上までの
道を一歩一歩登っていきました。

東側の空が白み始め、
ご来光を期待する人たちが
ペースを上げていきました。

そんななか、
酸素が薄い!!
鼓動がバクバクする参加者も出ましたが
なんとかあともう少しって
がんばって頂上の鳥居に4:50にたどり着きました。

途中、父と小学生くらいの息子の
2人づれと抜き抜かれつしてましたが、
お父さんの方がへばってるようで
息子が

「はやく!!もうおひさんあがってまうでーー」

といってる姿がとっても微笑ましたかったです。

残念ながら頂上についたころには
完全に霧の中でご来光は見えませんでした。

そこから河口湖口の山頂付近まで
横に移動を開始、
途中で少し腰を下ろして
山頂にたどり着いた達成感を味わっていました。

そして写真にある鈴のいっぱいついた
鳥居におまいりして
山小屋のあるほうに歩いていくと

ものすごい 人 人 人!!!

どっからこんなに沸いてきたんやってぐらい
正月の初詣の神社並みの人だかり!

いわゆる 富士山 の姿を垣間見ました。


皆さんも河口湖口 須走口 富士宮口から
登るときは覚悟してください。

朝のご来光前は人人人の大渋滞が起こります。

ツアーガイドが旗をもって
はーい 38号車のみなさーん
こちらですよーーー。

はーいそんなにゆっくりもしてられないので
そろそろ下りますよーーー。

とかって叫んだりしてます。

その点 御殿場口は最高です。

よかったーーー。

すいてるとこから登って。。。。。

それでも頂上にいる人は
みなこの苦しい道のりを歩いてきた達成感を
共有していて、感動している人、
涙している人など、なかなか素敵な空間でした。

その混みまくった山小屋で
あったかいココアを飲み
しばらく休憩したあと
お鉢めぐりを始めました。

お鉢めぐりとは富士山の火口を一周ぐるっと回る
コースです。

そしてあまり人のいない広場で
ハーモニーベルを鳴らしました。

チーン チーン チーン 
心が静まります。

そのあと本当の山頂に向けて出発、
途中、雪の残るところを通り抜け
気象観測所のある頂上につきました!!

そこであるメンバーは
頂上のポールをつかって
ポールダンス!?

あるメンバーは誰よりも高くと
測候所の火の見やぐらのようなものに
のぼり・・・・・。(俺です。。)

またここでも
ハーモニーベルを鳴らしました。

そうして頂上を満喫した僕たちは
8:00前に下山を開始しました。

そして9:00前に
赤岩八合館に到着!

そこで朝食をいただいていると

ゴロゴロ!ガラガラ バリバリ!!ビッシャーンと

ものすごい激しい雷雨が始まりました。

うぉーー
やばい これは下りられないかも・・。

とにかく今は動かないほうがいいと
しばらく ベットに潜り込み 仮眠を取りました。

ここの山小屋 ほんとにいいです。

一時間ほどで雷が少しおさまってきたので
下山準備を開始10:30に出発しました。

だけど、そとはものすごい大粒の雨というか
あられか雹でした。

顔に当たると痛いのなんの。

みんなでせっせと下り続けました。
ほんとは宝永山の方に下りたかったけど
あまりに天気がやばいので
山小屋の多い、富士宮口から下山、

なんとか13:00頃には5合目に到着しました!

いやーほんとに
自然というものをものすごく感じられる
2日間でした。

晴れ、土砂降りの雨、あられ、ヒョウ、霧、ガス、雷、稲妻、
ものすごい風、そして満月に星空、流れ星とほんの少しのご来光と

この世にあるほとんどの天気を一気に体験した気がします。

自然の中で人間は如何に無力か、
その中ではただただできることをできる限りやるしかないと
いうこともいやというほど体験できました。

富士山 恐るべし、なかなかやってくれました。

下山後 みんなであったかい温泉につかり
岐路に着きました。

ほんとにみんなありがとう。

登って下りたときはもう十分とおもうけど、
多分、また来年になったら登りたくなってるんやろうなぁ・・。

みんなに「わたがし」のおみあげをもってこようとしたけど
途中でぜんぶ消えてなくなりました。あしからず。。。。


ちなみにうちの一年生の娘の夢は

虹と雲に乗ること

です。

うちに帰って一番に

「雲 食べた?」「雲 乗った?」と聞いてきました。

ではでは
2007-08-01 20:55 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
富士山 行ってきました!
昨日&おとといと 富士山に行ってきました!

満月 ウォーキング瞑想 としての富士山

始めは 富士山の登山道の中で
一番過酷な「御殿場口」から
登ろうと思ったのですが
そこで車をとめ準備していると
急にものすごーい雨が降ってきました。

前日から 雷雨などの予報もあり、
これはちょっと厳しいんじゃないかと
急遽「富士宮口」に移動。

駐車場に着き、準備開始
登り始めたのが13:30 でした。

ただどうしても「御殿場口」が捨てきれず
ルートをいろいろ考えた結果
富士宮口→宝永山→御殿場登山道→赤岩八合館

へと続くルートを行くことにしました。

富士宮口5合目から6合目まであがり
そこから宝永山のほうに少し下って行きます。

そして宝永山の火口まで下りて
そこでハーモニーベルを鳴らし
気持ちがぐーんと落ち着いたところで
ザクザクの道を登って行きます。

途中道を間違えそうになりながら
僕たち以外だれも登っていない登山道を
ひたすら登りやっと一つ目の山小屋のある
7合目に17:30にたどり着きました。

ここまで濃い霧に覆われつつも快適な登山。
そこからその日の宿である赤岩八合館を
目差している途中

ゴロゴロ ゴロゴロ と山が怒り始めました。

やばい!!雷が来た!

山の雷はすごーーい 怖い。
マジでいつ落ちてくるかわからない!

そこからペースを上げて登りました。

でもその雷をも祝福だと感じる人もいるくらい
神秘的な感じでした。

そしてやっとの思いで山小屋に到着 18:30でした!!
着ているものを脱ぎ捨てて、ほっと一息つきました。

やはり人の少ないルートだけあって
結構なスペースがあり、
僕らは屋根裏部屋を占拠しました。

普段の富士山の山小屋からは想像できない快適さ。

赤岩八合館 お勧めです!

それからカレーライスを山盛り食べてしばし歓談。

その後なぜか屋根裏部屋でしばしのエンカウンター!?
というかシェアー会をしました。

あそこで輪になって座ってそれぞれの話を聴くなんて
なんかすごーくいいなぁっておもいました。

そこでいきなり消灯 

バチ!と電気が消え真っ暗闇に!

最後にハーモニーベルを小さく鳴らして
シェアー会を終了しました。

うーん なんかすごい素敵な時間だった。。。。

他の宿泊客はいきなり
屋根裏から チーン チーン チーン と聞こえて
怪しいなぁとおもったりしなかっただろうか・・(笑)

そこでトイレに行って寝ようと外に出ると
なんと目の前に満月が!!

めちゃくちゃきれい!!

そして眼下には雲海

またその合間を 稲光が

ビカビカ!ビカビカ!とひっきりなしに輝きます。

雲の上から見る雷の美しさといったらありません。

下界では恐らくすごい嵐のはずなのに
そこでは

満月&星空&稲光

すごい体験でした。おもわず絶句して
俺は1時間以上その光景を見ていたと思います。

その間に何人かの方との歓談しつつ
自然のすごさを感じました。

そして 22:30ごろベットにもぐりこみ就寝

ただいびき&歯軋りでなかなか眠れませんでした・・。

だいぶ長くなったので続きは明日にしまーす!
2007-07-31 19:33 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
同窓会
昨日、1ヶ月半ぶりに
6月に行った非構成的エンカウンターグループの
参加者からの呼びかけでプチ同窓会がありました。

びっくりするぐらいの参加者があつまり
みんなでとっても楽しいひと時を過ごしました。

それぞれも連絡を取り合っていたりして
こんなにワークショップ後も素敵な関係が続くこと
そしてみんなの人生に影響や学びを与え合っていること

ほんとにこれぞエンカウンター(出会い)の醍醐味、
4泊5日を共に過ごすことで
こんなに深くつながっていられる・・。
そして一生続くような人間関係が生まれる・・。

ぼくの信じるワークショップの醍醐味が
ここにある気がしています。

ワークショップの時間だけ心地いいとか
素晴らしいとか、そんなことではなく
ワークショップ後も川の流れのように続いていく感じ・・。

そこでの縁がきっかけで人生に大切な
なにかが始まる感じ・・・・。


ほとんどの人は 小学校のときの ある場面 や
中学生のときの ある一言 そしてそこで出逢った 縁を
大事に大事にもって人生を歩いているように思います。

傷ついたこともうれしかったことも
さみしかったことも楽しかったことも
濃密な記憶として
そのとき感じた感覚のまま自分の中に
大切に大切に・・・・。

その記憶から自分の人生が形作られているといっても
いいぐらいの輝きをもって。

ぼくはワークショップという時間と空間も
それぐらい濃密でそれぞれの人生にとって
大切な時間となるように思っています。

特にこの非構成的エンカウンターグループは
非構成的であるがゆえにその輝きが
増すように感じています。

次回もどんなご縁がはじまることやら・・。
楽しみです。

ぜひ一緒に濃密な時間を過ごしましょう!

次回の非構成的エンカウンターグループは
9/25(火)〜29(日)4泊5日
詳細こちら


また僕と映蓮がスペースキーパーをするグループを
8/11〜12 代々木でやります
エンカウンターサークル(あと6名)
詳細こちら

ぜひきてください!
2007-07-26 16:26 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
教育と洗脳
前回の「教育ははたして必要か?」
という問いへのコメントで


アマゾンでは「教える」を意味する言葉は無い
「学ぶ」を意味する言葉はあると聞きました。


教えるという概念が無い。。。。
これが一番キーな気がします。

教えるといった時点で
こちらは完成品
相手は未完成品

それって果たして本当か?

勝手に学ぶような場をつくること(背中を見せるなど)
で自らのものにしていくこと。

これこそ、学ぶはあるけど教えるはない。

教えたことが唯一無二の真実でないことは真実で
それを破って捨てなさいってとこまで
教えるなら教えるという段階も必要ではあるかもしれない。

いま言葉を覚え、話し始めた2歳の娘

彼女に言葉は教えていない。
少なくとも教えたつもりは全く無い。

彼女が勝手に学んだのだ。

毎日一時間、机に座って
言葉の勉強などしないのに。

もちろん、呼吸の仕方も立ち上がり方も歩き方も
ただ、ただそばにいて見守って
できたらそれを心から喜んで、、、、、。

ここに幼児教育などというものは存在しない。

教えなければ言葉を覚えないかというと
決してそんなことは無いと思う。

狼に育てられたなどの場合はあるが
それも環境の問題で、教育の問題ではない。

環境が人を形作るのであって
教育が人を作るのではないような気がする。

というか
教育が人を作り上げられる事実は受け容れるが
そのことに少しばかりの恐怖を覚える。

その人をその人でなくしていくような
なにか違ったものにしていくような
社会が求めるあるべき人間を作り出す工場のような
ロボットに埋め込まれるチップのような・・・。

親は無くとも子は育つというように
ここまでリアルに教育が”必要であるわけではない”こと
はわかっているが、
その上でいったい教育になにができるのか
ということは問いたいと思う。

環境教育にしても学校教育にしても
社員教育にしても

誰かの作り上げた 理想像 

例えば 自分で考え行動できる人間を育てる など

にむけて教育することになる。

その理想自体は教育を受ける側に選択肢が
無い場合がほとんどで
その前提を受け容れざるをえない、
もしくは受け容れないとしたら落伍者という
烙印を押されて社会から締め出されて
しまうことになるのだろう。

果たして社会の求める人を育てること

それが教育の目的なのか。

教育を受ける本人に
どんな人間に教育されたいかという
選択を与えないとしたら
たとえそれがどんなに
素晴らしい人間を育てることに貢献しようとも

洗脳 といったい何が違うのだろうか?

そして
新しい社会や新しいあり方を生み出すには
そういった教育(洗脳)の影響を
全く受けていないものにしか
創りえないんじゃないだろうか。

そんなことも思ったりする。

またコメント よろしく!です。
2007-07-22 03:14 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
The Invitation
友人から送られてきた英語の詩、

すごく ぐっときたので
大阪弁バージョンで心を込めて
シェアーします。



The Invitation 招待

おまえが生活のために何をやってるかなんて、どうでもええ。

俺はおまえが何に憧れ、どんな夢に挑戦するんか知りたいんや。

おまえが何歳か なんて関係ない。

おまえが、愛や夢や冒険のためにどんだけ
自分を賭けられるんかが知りたいんや。

おまえがどの星座生まれか なんてどうでもええ。

おまえがほんまに深い悲しみを知っているか、
生涯の裏切りにさらされたことがあるか
それによって傷つくのが恐いからって、
心閉ざしてもうたりしてないか知りたいんや。

おまえが、自分のでも、人のでも、
痛みを無視したり、簡単に片づけたりせんと
それを自分のもんとして受け止めてるかどうかを知りたい。

また、喜びの時には、それが俺のであれ、おまえのであれ、
心から喜び、夢中になって踊り、
恍惚感に全身をゆだねることができるか、知りたい。

気ぃつけろ!とか、現実的になれ!とか、
たいしたことない とか言わんとな。

俺はおまえの話がほんまかどうかなんて関心ない。

俺は、おまえが自分自身に真実であるためやったら、
他人を失望させることやったとしても、
あえてできるかどうかを知りたい。

たとえ裏切りやと責められても、
自分自身の魂を裏切るよりは
その非難に耐える方を選ぶかどうかを。

たとえ不実やと言われても、
そんな時におまえがどうするかによって、
おまえという人間が 信頼に値するかどうか 知りたい。

俺は、おまえがほんまもんの美しさがわかるかどうかを知りたい。

それが見た目に美しく見えんでも、
毎日、そっからほんまに美しいもんを
人生にくみ上げることができるかどうかを。

俺は、おまえがたとえ失敗しても、
それを受け止めて ともに生きることができるかどうか、
それでも、湖の縁に立ち、
銀色に輝く満月に向かって「YES!」と叫ぶことが
できるかどうかを知りたいんや。

おまえがどこに住んでいるか、
どんだけ金もってるかはどうでもええ。

それよりも、おまえが悲しみと絶望にうちひしがれ、
どんなに疲れ果てても、また朝が来れば、起き上がり、
子供たちを食べさせるためにせなあかんことを
やるかどうか が知りたい。

おまえが誰を知っているか、
おまえがどうやってここへきたかは関係ない。

俺とともにひるまずに
炎の只中に立つことが出来るかどうかが知りたい。

おまえが、どこで、誰と勉強したかはどうでもええ。

俺が知りたいんは、みんなが見捨てて
たった一人になった時、
おまえの内側からおまえを支えるものは何か ということ。

俺はおまえが自分自身としっかり向き合い、
その、何もない時間の中にいる自分を心
から愛しているのかどうかをそれを知りたいと思っているんです。



ワークショップ ランドはこちら

2007-06-29 22:09 | 未分類 | Comment(4) | Trackback(0)
来週から
来週からひっさし振りに地元 大阪に行きます!

基本的はワークショップに参加するために行くんですが
そのあと、ひさしぶりの親友たちとの再会です。

楽しみだぁ。

一人は 歯科医業界に物申す的な熱き思いで

自然歯科 なるものを立ち上げた男

この男がまたおもしろい!

やるっていいだしたほんとにやっちゃうんだから。

そしてもう一人

30代になってから自分の夢をかなえるために
毎日学校に通い

ついに 自分の整骨院を開業した男

この男もすごい!
ひたすら自分の夢に突き進んでかなえっちゃったんやから。

ほかにも地元の友達たちもどんな風になっていることやら、

車の修理請負人や パオ専門の中古車屋、ラーメン屋など

よく考えると俺の周りは結構 自営業者が多いです。

楽しみだぁ!!



ワークショップ ランドはこちら
2007-06-28 20:11 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
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