希望がなくなる日
みんなの未来は明るいですか?

突然、一切の希望を奪われたとき
みんなならどうしますか?

夢や希望が持てず生きる気力がわかないのは
ほんとにその人自身の問題なんでしょうか?

今ちまたでは、

勝ち組負け組みなどといって

「夢を持て!」
「好きなことをしよう!」
「思考は現実化する」
「ついてるというだけでついてくる」

などといっていかにも誰でも
勝ち組になれるかのような言葉がもてはやされていますが、
どうしてもいわゆる「勝ち組」の
あと出しジャンケンのように思われてなりません。

宝くじに当たった人が
宝くじに当たる方法は「ついてる ついてる」と
いい続けたからですといったからといって
宝くじを買う全員がそれを言ったところで
当たる人数が増えるわけではないのは明白で
ただ当たる人は当たるべくして当たったとしか
いえないんじゃないかなと・・・・。


ほんとにそれって 
個人の思考や言動や努力の結果なのでしょうか?

今の社会の構造上、ある一部の成功者と
その他大勢みたいなことになっていて、
その「ある一部」の人たちに価値があって
その他大勢の一般庶民には価値がないかのような
風潮に それってどうなん!?って感じています。


ほんまはそれぞれの人生には
一つ一つすごく価値があって、
どれがいいとかどれが悪いとかってないはずやし
どっからでも学びはあるはずやし、
どんな道でもいいはずやのに。

それぞれが互いの価値を認め合えたりしたら
すごーくええなぁとおもったり・・・。

そんなこと自分ができてるかと問われたら
わからんけどね。。。

いまの社会の仕組み自体が

希望

をもてない人をたくさん生産している
という社会学者もいます。

僕もそれに近い思いがあります。

努力したものが必ず報われる社会

高度成長期の日本などは
典型的な 報われる社会でした。

そしてほとんどの人が希望に胸を膨らませ、

TV,車、マイホームを夢見て努力し、
ほとんどの人がそれを手に入れました。

いまの日本はどうでしょう。

誰もが描ける 確かな将来像ってあるでしょうか?

そしてそこに続くにはこれをやれば大丈夫と
いうようなものはあるでしょうか?


やればできる!!
できないのはやらないからだ!!

という、できた人の理屈がはたして今の日本に当てはまるのか?

どれだけがんばっても
フリーターから抜け出せず将来に不安を抱きながら
毎日をネットカフェで過ごす人は
ほんとにその人自身に問題があるのでしょうか?

いつか必ずスターになるんだ!
と自己万能感を捨てられず、
夢を追い続けているように思い込みながら
実際には日々の生活費にも困っているのは
ほんとにその人自身の問題なのでしょうか?


夢も希望も持てず人と関わる気力ももてない
人を作り出しているのはこの社会なんじゃないでしょうか?


できる人とできない人の間に
どんな差があるんだろうか、、。

ついてるついてるというだけで
ほんとについてる人と

ついてるついてるといって
全然ついてない人との差は
いったいなんなんだろうか。。


そんな 差 のない
みんながそれぞれ
ささやかな希望も持って
それを少しずつかなえていける
世の中がいいなぁとおもいつつ・・・。


とりとめのない話になりましたが、
希望格差社会なんて なんかすごい切ないなぁって
自分だけが勝ったっておもんないなぁって思ってます。

みんなはどう思いますか?
2007-08-07 00:22 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
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